【ずっと苦しいんじゃないか】

迷った心が
迷った行動を生み

迷った行動が
さらなる苦しみを生む

これは、
「惑業苦(わくごうく)」といって
仏教の教えの中の一部分です。

2019年、夫の不倫発覚を
きっかけにして私は夫も
実の家族もお金も家も
何もなくなりました。

警察も行政も法律も誰も
なんの役にも立ちませんでした。

自分独りでどうするか?

この時の状況は私にとって
人生崩壊、絶望的、八方塞がり
選択肢など何もない状況で
もうこのまま死ぬのかな?
っていう感じで

辛いと思ったし
苦しかったし
悲しかったし
寂しかったし

何をどうすれば
良いのかもわからなかったし
いろんなところが痛かった。

そんな日々の中で
心地よかったのは
般若心経を聞いて
ノートに書き写してた時で
(写経ですね)

私は大学で日本文学、
主に古典を研究していて

般若心経がすごく落ち着くのに
この言葉の意味がわからないのが
モヤモヤしてしょうがなかったので

これをきっかけに、
仏説を学ぶに至ったわけです。

惑業苦の
「惑」は、悩みや迷い
「業」は、行動
「苦」は、苦しみ

悩みのフェーズにいる人間は、
この惑業苦のループの中で
ぐるぐるしている。

私自身もまさにそうだった。

焦れば焦るほど
おかしなことになっていく

なんとかしようとして
動けば動くほど
どんどん悪化してく

という経験がある人も
多いかもしれないですが

これと同じことで

仏教では、
人間というものは
このループで輪廻転生している、
ということになっている。

「じゃぁ、ずっと苦しいんじゃないか」
「なんなんだよ、クソが」
って私は思ったんだけど、
(みんなも思うよね?笑)

どうやらそうではないみたい
っていうことを知って、

「ふーん」って感じで
試して生きてみたら

確かにそうではなかった、
ということが私の実体験で
証明されてわかったんです。

何がどうなってそれが
わかったのかというと、

環境や状況に関係なく
人はいつでも、今この瞬間に
幸せになれるんだということを
初めて知ったから。

人間は煩悩だらけなので
多くの人はその煩悩を
無くそうと躍起になっている。

だけど、
煩悩はなくなることはなく
どんだけの煩悩も、抱えたまま、
幸せになれるんですよ。

煩悩がなくなるなら
人間をやめた時だなと思う。

それはつまり
人生を終えた時だね。
(終えても次があるらしいがな。笑)

で、
悩みのループから抜け出すには
どうしたら良いのか?

それは、
悩みの本質を知ること、
迷う心の本心を知ること。

要するに、
自分を知ることだ。

悩んでいる自分のままでは
悩みはずっと悩みのままだし

迷っている自分のままでは
ずっと迷った行動しかできないのだ。

その今の自分の枠から出たいなら
自分の枠の外にいる人と関わらなければ

自分の枠がどこからどこまでなのか?
自分の枠がどんなものなのか?

自分を知ることもできないし
今まで生きてきた常識のその枠は
越えられない。

悩みのループから抜けたい人は
ぜひ、私に会いにきてほしい。

概念を書き替えてあげる。

いま悩んでいることが
悩みでもなんでもなくなるよ。

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