証拠探しがやめられない
「会議中は連絡できない」
って言ってたのに既読は
ちゃんとついてる。
香水の匂いが気になって
既読の時間と行動が合ってるか
何度も何度も確認してしまう。
「今日は飲み会」って言われるたびに
本当かどうか疑ってしまう。
LINEのオンライン表示を見て、
帰宅時間を逆算してしまう。
クレジットカードの明細を見返して
知らない店の履歴を探してしまう。
朝起きた瞬間に
また同じ疑いを思い出す毎日。
これ、相談の場でも
本当によく聞く話です。
なぜ、証拠を集めても
安心できないのか?
それは
「解決方法を探している」
っていう状態そのものが
解決から遠ざかるやり方だからです。
「これを見つけることが
できれば安心できるはず」
そう思って 証拠を探しているうちは、
その「これ」は永遠に見つかりません。
いろんな証拠は集められるし
不倫問題は解決していけるけど
あなたが求める安心は得られない。
また次の不安が出てきて
また安心を求めてぐるぐるモヤモヤ。
問題は証拠の量じゃない。
自分の幸せや安心を
何かの条件付けをして
探し続けている状態そのものが
問題を長引かせてしまっている。
誤解してほしくないのですが
事実を確認することは大切です。
徹底的に自分に起きている事実を
自分の目で見て現実を直視して
どん底まで行ってきてください。
自分は何にどう感じているのかを
飽きるまで感じてきてください。
そのうえで、
次にやることがどんどん
明確になっていきます。
「事実を確認すること」と
「自分がどうしたいか決めること」は
別々に進める必要がある
っていうこと。
事実をどれだけ集めても
自分の安心などは得られません。
「どうしたいか」
「どうしたら良いのか」も
勝手に出てきません。
それは、
自分の内側にしか
ないものだから。
これは、 私自身が夫の不倫の
証拠を探し続けていた頃に
痛いほど 実感したことです。
雨の日も雪の日も1年くらい
一人で張り込みを続けていましたが
証拠が増えるたびに
安心するどころか
次の疑いや問いが出るし
その度に感じたことのない
嫌な感情を感じることになりました。
示談して一区切りついても
心は落ち着かなかったし
証拠を全部揃え終わった後も
「私は本当はどうしたいのか」には
まだ答えられていなかった。
しれはそれは不快で
絶望や無価値観、無力感しか
出てこない毎日でした。
でも、この、自分が超嫌な感情を
徹底的に感じて味わうってことが
ほとんどの人間はできない。
(回避したくて逃げるからね)
だから、ずっと他人に
振り回され続けるばかりで
自分軸は育っていかないし
この先の自分の未来について
自分の理想の現実を創っていく
っていうことができないのです。
自分の課題に向きう勇気がないなら
自分の理想の未来を生きる勇気もない
っていうことだよね。
必要なのはもっと決定的な
証拠を探すことじゃなくて
「私は何がどうなったら
良いと思っているのか?」
「何がどうなれば納得するのか?」
「そのために今何ができるかな?」
を、自分に問い続けて行動することです。
これは、あいらかに
現実から目を逸らすこととは
違うなってわかりますよね?
自分の望む着地点を先に見ることで
初めて今やるべき行動が絞られます。
問いの立て方も、
少し変えてみてください。
「何をどうすれば解決できるか」
ではなく
「何がどうなれば解決できるか」
と聞いてみる。
前者は、永遠に方法を
探し続ける問いになるけど
後者は、自分の望む状態を
先に決める問いになっている。
問いかけて自分の中に
答えが浮かんだらそれをそのまま
紙に書き出してみてください。
書き出すことで頭の中だけで
ぐるぐるしていた形のない
思考が視覚化されてそれは
具体化され輪郭を持ちます。
別に答えが出なくても大丈夫で
「何がどうなればいいのか?」
この問いを持つだけで
ただ証拠を集めるだけとか
ただ事実確認を繰り返す状態から
抜け出していくことができます。
現実は見方ひとつで変わる。
同じ物事を見ても
「最悪」 としてしか
見られない自分と
「最悪」
「じゃぁ、私が本当は何を望んでる?」
に気づくための入口として
見られる自分とでは
同じ現実の中にいても
思考していくこと自体も
選ぶものも動くことも
何もかも過ごし方が全く変わります。
外側の状況が変わらなくても
自分がどこに意識を向けるかで
その日一日の苦しさは変わります。
怖いと感じてる方向が
本来の自分が選びたい進みたい方向
現実を直視するのは正直怖い。
私自身、何年もかけてきたし
今でも常にその怖さや不安と
付き合ってきています。
でも、怖いから見ないではなくて
怖くても見ていく方を選んだ人から
現実は着実に動き出しています。
これは私自身が、
不倫問題をなんとかしたい
夫婦関係をなんとかしたい
っていう最初の思いから
どんどん自分と向き合い
進んできて学んだことです。
結果がどうなるかより
自分の心をどう保つかの方が
ずっと重要でした。
私はいまも毎日ノートに向かい
自分が今何を感じているか
何をどう考えているのかを
書き続けています。
答えなんてそう
すぐには出ません。
別に出なくていいから
とにかく問い続ける。
それを積み重ねた分だけ
自分のことがだんだん
分かるようになります。
「あのとき動いてよかった」
「あの時やっていればよかった」
という人はいても
「動かなきゃよかった」
という人はほぼいないです。
このまま死ぬとしたら?
今のままでいいんですか?
っていうシンプルな話なのです。
今夜、自分への問いを
一つ持ってみてください。
そこから、少しずつ
変わっていきますよ。

