内観

2022.06.07 乙女座上弦の月で表面化した本当の自分と望み

私が書く記事っていつも長くて、大体5千字くらいが普通です。
3千字くらいが多分ちょうど良い感じで読めるんだと思うけど、別にそんなのも気にする必要ないよね。
読みたい人が読めばいいし、「長っ」て思って飽きたら閉じてくれればそれでいい。笑
とはいえ、謎に1日のPVが300人くらいいるっていう恐怖。笑

今回は、少し前から言ってた6月の乙女座上弦の月で私自身にあった変化のシェアです。
1ヶ月以上下書き保存状態だったので、今現在とはまた少し細かい感覚は違ったりしてるんだけど、それもまぁ常に変わりゆくものだから良いかーと思ってます。
今日公開しようと思ったから公開するっていう、自分の感覚に従って、恐れの感情は自分の思い込みからきている檻。
一つずつ壊す、一つずつ乗り越える。
みんなと状況や環境、起こる出来事は違えど、私も常に実践者で、毎日毎日自分を細かくみていくことを地味に積み重ねてます。

6/8
ここは居心地が悪い
ここは気分が悪い
ここに居たくない

いつから誤魔化してた?
1年半くらい前から思ってた。
結構前だなぁ
気付いてはいたものの、常にそう気分が悪くなる場所ではないからと、少しだけ抑えるというのを続けて我慢をしていた。
気分が悪くなるのは本当の自分と不一致を起こしているから。
気分が悪くなるようなこと言われるのは自分が自分を大切にしてないから。
全部自分のせいだ。自分の責任。

目に映るもの、耳に入るもの、誰かの言葉と感情。
周りにあるエネルギーは、もれなく自分にも触れてくる。
意識して細かく選択をしていかないと、そのエネルギーは無意識のうちに、私の中の無意識の領域に入ってきてしまう。

気付かないと、止めないと。どこまでも入り込んでしまう。
私がもともと持っているものだから。
その周波数を知っているから。

人間の脳は、元に戻ることが得意。現状維持が一番安心。
否が応でも、ホメオスタシスは作動する。
スピリチュアルでもなんでない、化学的に証明されていることだ。
人間とは、「そういうもの」なのだと。

だから、何を見ても、何を聞いても、私は”問題”のエネルギーには同調しない。
影響されない自分であることを設定して、意識して、現状を語るのをやめて逆に望みを出し、常に希望でいようとしていた。

誰のために?
自分のため?
そこにいる人たちのため?

まぁ、私がみんなの希望であることは確実なんだけど。
自分と周りとの頭の中の違いを、少しでもいいからみんなにも気付いてほしかった。

要は、押しつけみたいなもんだったかもな。
それは、私のやる事じゃなかった。

同じコミュニティにいた中で唯一話が合う人は、早々に離れていった。
「やらないのに聞いてくるし、教えてもやらないならわざわざ教える意味がない」
「私のエネルギーと同じ量でそれができないなら、私のアドバイスはその人にとってただの押し付けになって、プレッシャーになって、結局そんなことできませんって言って終わるし、そういう人は変わらない」と。
「視野が狭すぎる」と。

その時私は「確かに」って思ってた。
もちろん、その人も私も少し前は点しか見えないくらい視野が狭かった。笑

私は、ここに留まりたかった?
なんで?

助けになりたい、役に立ちたいと思って?
確かにそれはある。
けど、自分の視点から発信していれば必ず誰かの役に立つし、誰かの助けにはなる。

だから、本当は多分それだけじゃない。
私は、人とのつながりが欲しかった?
友達がほしかった。
そこで出会った人たちのことを、仲間だと思った。
そして、友達だと思った。
でも、そうではなかったみたいだ。
実際は仲間とか友達とかっていう関わりの存在ではなく、「夫の不倫」という共通事項があってお互い夫の不倫に対しての話をするだけの、ただの知り合いだった。

結局いつだって自分次第。
気分は自分次第で良くも悪くもなるからと、それを逆手に、ここに留まる言い訳や理由にしていたのかもしれない。

かもしれないじゃない。
そうなんだと思う。そうなんだろう。

あぁ、もう無理だ。
もう我慢ができない。

その表情を見たくない。
その話を聞きたくない。
そのトーンを感じたくない。
“問題”の周波数を感じたくない。

なんかもう、我慢ができない。

誰のことも気にしたくないし、誰の顔色も見たくない。
気を遣わないと保てない関係なんて窮屈なだけだ。
もう、何も気にしたくない。

お世辞なんて聞きたくない。
綺麗事で片付けて何になるの?

本当は、ずっと前からもう話が合わないと思っていたのに。
本当はもう、ずっと前から関わり方を迷ってたのに。

自分が得たいほんの一部の、一瞬の感情のために、自分を出さずに周りに合わせてそこに留まっていたんだ。

自分を出しているつもりだった。
自分を出したいと思っていた。
いや、自分を出しているフリをしてたんだろう。

独りになるのは怖いから。寂しいから。
弱いから。
友達がほしいから。
仲間が欲しいから。
家族のようなものが欲しいから。
私は、いつでもずっといつになってもずっと、笑って楽しく一緒にいられるような人とのつながりが欲しいと思っている。

そんなのは幻想だったと、夫の不倫で知ったはずなのに、
まだ他人と一緒にいたいと思ったのか?と自分を疑ったけど、依存とは違う感覚だった。

今私が感じている「何があっても私は大丈夫」っていうこの感覚とか、
「なんて幸せなんだろう」って涙を流すこととか、
自分や周りへの感謝が溢れる感覚とか、
そういうのを、みんなで感じたかった。

でも、根本の部分で、自分の寂しさを埋めることに利用していたから、本当に繋がるっていうことができなかったんだなと思った。

私は、学んだことを実践している。
実践するということは、自分の人生で実験をしているのと同じことだ。

私は、本当の自分をどこまで出せるんだろうかと、様子を伺っていたんだ。
結局、誰も本当の私を知らない。

本当の私で人と関わって生きたいのに、本当の私を知ってる人はいない。

関わる人がいないから?
いや、違うな
私が誰も信用しないからだ。

本当の自分を出す前に、どの程度なら受け入れてもらえるのかと自分を抑えて、様子を窺っていた。
結局、顔色を見て察し、程度に合わせて対応する。
だって、ちょっと自分を出してみたらすぐみんな引くんだもん。

勇気を出して心を開いても、自分のことや想いを話をしても、誰もいなくなるならなんのための勇気だった?って思っちゃうよね。
そう思いがちだ。
でも、
もううんざりなんだそんな自分に。

一度、絶望を味わった時に、自分に心底うんざりしたのがきっかけで今の自分になったはず。
けど、その時と今のはまた別問題だという事もわかってる。

もっと全力で生きたい。
もっと全力で向き合いたい。

もっと真剣にもっと真面目にもっと楽に
もっともっともっと集中したい。
もっと全力で
世界を知りたい
宇宙を知りたい
自分を知りたい
生きることを知りたい。

最終的に人は私のことを嫌いになる
最終的に人は私から離れていく
私はいつも人を怒らせる
私はいつも人を傷付ける
私はいつもそうだ
私はいつも、ひとりになる。
だから今もひとりでいる。

それも、自分の思い込みが創っている現実なのだとわかっている。
だって、思った通りにしかならないってもう知ってるんだから。

嘘をつくなら最初から私と会話なんてしないでほしい。
離れていくなら最初から近づかないでほしい。
裏切るなら最初から関わらないでほしい。
これは、子供の頃からずっとそう思っていることの一つだった。
気にしなければいいだけのことなんだけどね。

傷つくのも、悲しむのも、寂しさを感じるのも、全部自分が選んでいることなのにね。

「誰かと繋がりたい。
でも、心を開くといつも私は傷つく。」

そういう思い込みが、私の中にはある。
さて、この先これをどうしていこうか。

っていうことをね、4月からずーっと考えていた。もう6月だね。
これは、悩みとか問題と感じていることではなくて、単純に起きた出来事から嫌な気分を感じてからの内観のはなしです。

気分の悪さを感じて、自分の本当の望みがわかる。

今回の気分の悪さを簡単に言えば、「裏切られた感」「疎外感」かな。
内観して出てくる自分の奥底の記憶や感情は、正直えぐい。笑
でも、そこからいろんな自分に気づくし、いろんな望みが出てくる。

私は、もっと全力で自分の人生を生きたい。
私は、もっと全力で誰かに向き合いたい。
私は、私に全力で向き合ってくる人と出会いたい。
私は、私に全力で向き合ってくる人と一緒にいたい。
私は、本音で人と付き合っていたい。

それ最高じゃんって思ったら、
それ以外の人はもはや私の世界に配置された風景みたいなものだ。
私が気にする人や出来事ではない。
そんな感じの程度、レベルでいいんだなって思ったら、なんかすごく楽になった。
たぶん今まで、制限の中でそれっぽい自分を演じてたんだろうなって思って、自分が可愛いなぁって思った。

ってか、
私はもっともっと自分の本音を出したいんだなっていう気付きがあったことがめちゃくちゃ大きな変観点。

私が、よく人に対して思っていることを正直に書こう。
「思ったことそのまま言えばいいじゃん」
「やりたいならやれよ」「行きたいなら行けよ」
「自分で答え持ってんのにグダグダ言ってんじゃねぇよ」
「いちいち言い訳して逃げてんじゃねぇよ」
「人に合わせて我慢して生きてんじゃねぇよ」
「不安煽ってなんになるの?」
「いつまで被害者意識でいるつもり?」
「で?」「何をどうしたいの?」
口が悪くてすみませんなんだけど、結構いつも誰かの話聞く時こう思ってる。
口も悪いし頭も悪いし性格も悪いです。笑

でもこれ、本質なんだけど、もっと本質的な部分まで掘ると、全部私が私に言っている言葉だったわけなんですよね。

私はカウンセラーでもないし、ヒーラーとかセラピスト的な何かでもなくて、ただのイチ経験者なだけです。
誰かの話を真剣に聞けば聞くほど、自分ごととして自分がやるとして考えれば考えるほど、私は上記のようなこと思う。

私の言葉が的確なのは、綺麗事を挟まないから。
綺麗事を挟まないのは、自分ごととして真剣に考えてるから。
誰かの出来事を自分ごととして考えられるのは、同じ位置にいないから。
同じ位置にいないというのは、私にとっては過ぎてきたことだから。
わかりやすくフロアで言えば、上の階から下の階のことを俯瞰して見ているから。
ただそれだけのこと。

思ったことは言おうと思って意識しているので同じ意味でもっと言葉を柔らかくして言うようにはしてたけど、もうそういうのもめんどくさいの。
もう取り繕いたくないんだ。
もう誤魔化したくないんだ。
ほんとの自分のままでいたいんだ。
もう隠すのが無理なんだ。

そう在りたいのに、そう在ることができるのに、わざとそう在ることをしていなかったの。
だから、上記のような言葉ばかりを人に言ってた。んだと思う。笑
私が私に対してそう思ってるから、私がそう思うような人が周りに現れる。
実際に私が私に対してそういう言葉を投げかけてきたから成長して今の私になってるんだけど、今回はそれをもっと深掘りして内観してみた結果がこれでした。

相手は鏡だから。
相手の中のどこかに自分の中にある潜在意識が投影されているのが少し見えるから、それを私は自分を見ているようで「なんとかしたい」とか「役に立ちたい」とか「助けたい」とか「引き上げたい」って思ってしまう。

私は優しいから?
いや、それは違う。

見て見ぬふりをしている私自身に、「おい、お前だよ!」って本当の自分が痺れを切らして、気付かせようとしてくれてたんだ。
っていうことに気づいてね、改めて自分へのありがとうと、無視してたり感じないようにしててごめんね、っていう気持ちがとまらない。笑

毎日毎日変化していく人生の中でも、今年の春は、また少し違う自分へと変化していく時だったんだと思う。
天体の動きは何も誤魔化さないんだなっていうことも、改めてすごいなと感心した。
ホロスコープで見ると私の星はね、ちょうどこの時期、「大きな手放し」の配置になっていた。

私の中での大きな手放しといえば、
「旦那の不倫相手を最終的に殺害しようと思って今まで準備してきたものを処分する必要があるのかな?」とかって思ってたんだけど、どうやらそれとはちょっと違ったようだ。笑

その部分に関しては特に気分も感情も動かなかったから正確にわかる。

気分と感情は別です。

気分は、本当の自分とズレているか、ズレてないかを判断するセンサーなんだそうだ。
人間の心も頭も複雑だと思われているかもしれないし、確かにいろんな表現がある。
でも、良い気分か嫌な気分かの2種類しかない。
良い気分は本当の自分と調和したことを考えて行動している時。
ざわついたりモヤモヤしたりワクワクせず楽しくないっていうような嫌な気分は、本来の自分とズレてるよっていうこと。
エイブラハムがそう言ってる。
余談だけど、感情も種類で分ければ2種類しかないんだそうだ。
不安や恐れを根源とした感情か、愛を根源とした感情かのどちらかしかないんだって。

そういうのも全部が繋がる。
全部が起こるべくして起こっている。
何事もそういうタイミングだった。
起きた時は驚いたり、慌てたり悲しんだりするけど、内観すれば全部なるほどねってなるから、結局は「自分が創り出しているものにすぎないんだということを腑に落とすために様々な出来事が起こっている」ってことなんだと思う。

自分の気分を良くすること以外に大切なことはないってエイブラハムは言ってて、私は「そうなんだ!」って思って良い気分になることを追求していった。
潜在意識のことを勉強しまくって、ちょっとわかってきて現実に現れ始めたところらへんで、今までいた場所の居心地が良くないって気付いちゃったのに、思っちゃったのに「いや、日によるからまぁいいか」って、自分の感情センサーが動いているのに無視してそこに留まった。

1年半くらい、自分の感情に完全に気付いてるのに放置してたから「いい加減にしろよ自分」っていう感じで嫌なことがどーんて起こったよやっぱり。
それがきっかけで、今回書いた気づきがあって、私の意識も環境もまたステージがグッと変わった。
3ヶ月前より視野も広がって、今までと桁違いの質の良い情報と体感が入ってきている。

自分の視野が広がれば、その分もっと視野の広い人達と出会う。
そこでまた、「あぁこういうことか」と腹落ちして飲み込み実践できるようになる。
結果、本当に何が起こってもやっぱり私にとって良いふうになるようなことしか起きないし、幸せにしかならない方向に全てが流れている。
それを体感し味わう。
そして、自分への理解がまた深まって、自分だけじゃなく他人への愛も深まって、より一層、自分に寄り添う優しい意識が拡大していく。

私は、さらに桁違いの最高の幸せを味わう自分の人生を創造していきたい。

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