何もない、と思っていたけど全部あったと気づいたとき
社会貢献したいと思ったのは
スラム街の子ども達の動画を
YouTubeで観たときで
当時の私は
「私には何もない」
と思っていた時期だった
お金も人も愛も家も
意思も意味も何もない
いてもいなくても
誰も何も思わないし
どっちでもいいなら
もう消えてなくなりたい、
そう思い込んでいた
時期だった
小学生の時に
ハマっていた
「家なき子」や
スラム街で生き抜く
子どもたちと
自分自身を重ねて
この先自分は
どうしたら良いのかと
どう生きれるのかと
そう思った時に
検索で出てきた
その動画を観た
何もない、
私と同じ、
ように見えた
子どもたちは
何もないどころか
私よりもいろんなものを
持っていて
私の目には
私よりも断然
豊かな心を持つ
素敵な存在に見えた。
私は現地の人間ではないし
詳細な実情まで正直
わからないけど
何もない、
なんて思うこと自体が
愚かだな、と思った。
何もない、
だから辛い・苦しい
となるのは
ある、という状態を
知っているからだった。
何もない、
と思っていた私には
すでに全てが
あったんだ、
ということに
そのとき、
初めて気がついた
そこから
自分の身の回りに
あるもの、というのを
数えるように生きてみた
これまで
どれだけの豊かさの中に
自分が生きていたのか
生かされていたのかを
一瞬一瞬感じながら
日々を過ごしてみた
ここに、生きて
存在していること自体が
とてもすごいことで
私の身に起こる
全てのことが
なんであろうと
恩恵なんだ、と
そう思うようになった。
愛されていない、などと
思うことすら烏滸がましい。
何もない、けど
全部がもうあった、
この当たり前に
あった豊かさの数々に
感謝が溢れてしょうがなかった。
もともと、
幼少期から
動植物が好きで
犬猫や野生動物たちの
保護活動には昔から
興味があったので
時々寄付をすることは
これまでもあったのだけど
このとき以降
「私は今、何ができるだろうか」
「私がやるべきことはなんなのか」と
いろんな場面で
主体性を持って考える
ことができるようになり
2021年からは
毎月収入の10%を
寄付することを継続している。
不倫問題も夫婦関係も
お金の問題も全ては
人間関係で
つまりは自分自身との
関係性でしかなかった。
自分と深く向き合ったとき
自分の幸せや豊かさを知る
溢れ落ちてしまいそうなくらい
湧いて出てくるそれを
私は行き場のない
子どもや動物たちに
分けたいと思いながら
何もない、惨めだ、と
思い込んでいる
サレ妻さんたちに
この豊かさを一緒に
感じて欲しいと思いながら
毎日こうして
仕事をしている。
今、私ができることしか
今、できることはないから。

