頑張っているのに報われない
「こんなに頑張ってるのに
なんでなのかな 」
「全然うまくいかないし
自分の理想通りにならない」
「何のためにこれ
やっているんだろう」
そう思ったことありませんか?
そういう時って
たいてい他人の人生を
生きている時なんですよね。
自分のためではないから
頑張っているのに報われない
っていう状況になっちゃう。
自分でいろいろと
決めているつもりでも
親とか夫の言動を
気にして選んでいたり。
それ、本当に自分の
感覚だけで選んでる?
っていうやつです。
「誰かの期待に応えよう」
として頑張っていたり
誰かの生活に自分の生活を
合わせるのが日常になっていたり
誰かの言葉で自分の感情や
行動が左右されているなら
もうそれは他人の人生を
生きてしまっている
ってことになります。
なんだかなぁ〜っていう
なんとも言えない気持ちとか
不自由さとか
窮屈さを感じるけど
そこまで気にする
ほどでもないような
そういう微妙な状態。
伝わります??
だから
自分では気づきにくいし
「なんかモヤモヤするな」
くらいにしか感じないことも
多いんですよね。
誰かの人生を生きていると
我々って非常に楽なんですよ。
だからこそ、それが
終わってしまったら
「大変になるかも」って
無意識に思い込んでいたりする。
誰かのせいにできる安心感
っていうのも存在するんですよね。
でもその、自分の人生を
生きていないということは
本来の自分の望む方向から
ずれ続けていくわけだから
毎日モヤモヤが
溜まっていくわけです。
そもそも、
「頑張ったのに報われない」
って何?どういうこと?
って私は思っていて。
そもそも人間は、
生きているだけで
めちゃくちゃ頑張って
いるんですよね。
何もしなくても無意識に
我々の細胞がめっちゃ
頑張っているから私たちは
こうして生きていられる。
自分で生まれたわけでもないし
自分で生きているわけでもないし
何かをしなければなんてものは
なくてもただ生かされている。
ただ生きているという
ことの凄さと大切さを知ると
惰性で生きるのを
やめたくなりませんか?
誰かの顔色を見たり
機嫌をとってみたり
誰かの人生ありきで
自分の人生を考えることって
自分にとって失礼だな
って思いませんか?
誰かの人生を
生きるのは惰性で
その惰性で生きるのを
「もうやめよう」
「意識的に生きよう」って
「自分で自分の人生を
生きよう」って決めたら
「頑張っても報われない」
なんて二度と思わなく
なると思う。
何を「報われる」と
定義しているか?っていう話
頑張りや努力っていうのは
誰かに褒めてもらうとか
認めてもらうとか
そういう結果が
目的なわけじゃなくて
自分が自分のために
やっていることであるのが
健全ですよね。
自分の本音と
行動が一致した時
自分が喜んで人生って
めちゃくちゃ楽しくなります。
誰の人生を今私は
生きているんだろうか?
っていうのをいつもできるだけ
意識して生きるようにしていくと
内面的な変化は早くなるし
同時に現実も動かせます。
ぜひ自分と向き合って、
じっくり対話してみてください。

